Black Feather 03 本文冒頭サンプル

どうも、いけだです。

当サークルの活動の中心である「ブラックフェザーシリーズ」、

その03の本文の冒頭の部分を掲載いたします。

無断に転載したりしないでください。

印刷した本はまだ少し在庫があります。イベントなどの際にもしよければぜひお手に取ってください。

文庫判・300円です。自家通販は工事中です。

(02から文章は多少うまくなったかと)


電車の門がガシャンと閉じ、緩やかに次の駅へと向かって動き出した。

ここ数日はずっと曇っていた。テスト期間を控えている人にとってはあまりいい天気ではない。空が曇っていると、なぜか心も頭もまるで分厚い雲に覆われているようで、いまひとつぱっとしない。

門の隣に立っているシオンは目をこすり、目の焦点を再び外の景色に集中させた。都会の喧騒がだんだん遠ざかっていき、気が付けば目の前は一面、緑に染まっていた。

電車が奥多摩の山間部に滑り込んだ。

三か月前の一件で、まだ完全にとは言えないが、シオンは「白き者の家系の黒き者」として生まれた自分をようやく直視できるようになった。

異端としての自分なんかには、家の当主になる資格がない。それを自分に押し付けた父の思惑を理解できずにいた。

そもそも翼人、しかも黒き者として生まれたこと自体が憎い。自分がこんな体でなかったら、家族を、そして命を分かち合う人を傷つけることもなかった。

かといって、自分に付きまとうこれら全てを振り払って、ネリフィオン家と、翼人に関する何もかもとの関係を断絶し、全く新しい人生を歩む勇気もない。現に生活費と学費の大半は、当主として受け継いだ父の遺産の中から捻出されているのだ。

現状には不満だが、それを変える勇気も力も自分になかった。そんな風に前の自分は、自分だけに都合のいい、「ふつう」という名の箱庭を作り上げ、その中で暮らしていた。アルバイトをしていることも、お金のためというより、ただ自分の「ふつうさ」を証明したいだけだった。

まさに狡さと、自分勝手の極みだ。

半年前、お花が自宅に押しかけてきた時は腹立たしさで一杯だった。今思うと、あの胸の中で湧き上がる怒りは、自分の箱庭を無理やりこじ開けられたことから生まれたものだ。やがてその箱庭を完全破壊に導いたのは他でもなく、同じ翼人として強く生きていた高校生の女の子だった。

「平野辰子(ひらの たつこ)…迫力あったな」

これからは少し強く生きていこう。黒き者として犯した罪は消えない。だが黒き者であることを楯に、目の前の生活から逃げるのはもうやめようと決めた。

そんな決心を胸に、シオンは一歩踏み出した。

「ふつう」という概念はあくまで相対的なものだ。

シオンは認めなければいけなかった。超自然的な能力を駆使し、その上血液を欲求し続ける自分は世間から見れば常識外の存在だ。力ずくで世間が思う「ふつう」を追い求めても、それはあくまで自分を騙し続けていたに過ぎなかった。

ありのままの自分を生きれば、そこに「ふつう」があるのだ。

しかし、今日みたいな日は、やはりシオンの基準でも「ふつう」とは言えない。

今日は半年に一度、実家のお屋敷に帰る日だ。

朝の授業が終わるやキャンパスの最寄り駅に駆け込み、発車メロディーが鳴ったのと同時に車両へ乗り込んだ。

電車に乗って片道で一時間半。そしてまだ二十分ほどバスに乗り換えてから十分ほど歩いてやっと着く。奥多摩にあるあの家を出てからも、シオンは決まって半年ほどに一度は帰って、その様子を見るようにしている。

あの屋敷に住人はもういない。七年前、シオンが妹たちを連れて出てからはずっと空っぽのままだ。それでも一応当主として受け継いだ父の遺産だ。それから誰かが帰ってきたら行きつく場所がないと困るだろうし、このまま腐らせてしまってはいけないと、シオンは思っている。

だが帰ってくる度、お屋敷は一層古く、そしてぼろくなる。門の周りの雑草は取っては生え、生えてはまた取られる。そして拭いても拭いても綺麗にならない床の、ドアノブの、窓のほこり。

家の住人が去っていけば、どんなに派手に作られたお屋敷でも、薄気味悪い幽霊屋敷と化す運命から逃れられない。このネリフィオンの屋敷もそうだ。玄関の鍵を開けるや塵やカビの臭いが漂ってきた。

いつものことに過ぎないと思い、シオンは足を踏み入れた。

これはもう家とは呼べない。子供時代の思い出の墓場だ。

昔の寝室の窓際に立って、シオンは幼い頃の日々に思いを馳せていた。

奥多摩で暮らしていた頃は楽しかった。幼稚園から帰るといつも安芸江(あきえ)がジュースを用意して待っていた。しばらくして、姉達が学校から帰ってきたら、いつもみんなで楽しくお話をしたり、庭で遊んだりして夕食を待っていた。ビジネスマンの父はいつも忙しいが、それでも週末によく近場の川や森に連れて行ってくれた。川辺でピクニックをした時は、母がよく昔話をしてくれた…

母。

その母は今どこで、何をしているのだろう。そもそも生きているのだろうか。

母が行方をくらましたのは、今から14年前。シオンが小学生になりたての頃だった。

母がいなくなった前日の夜も、この窓の隣で佇んでいた。

記憶の中では、その頃は連日絶好の春日和だったが、なぜかあの夜だけ、異様に風が吹き荒れていた。夜中に強い風に吹かれて、ガタガタと響いた窓の音に起こされた。窓の外を覗いてみると、庭の周りの木々の枝が狂ったように左右に揺れていた。そして風の悲鳴は、まるで誰かの泣き叫ぶ声のように胸に刺さった。

そして次の日の朝。一人で曇った顔で居間に座り込んでいた父から、母はもういないということを告げられた。隣で見た父の青白い顔に、深いクマが特に目立っていた。

それ以来、母の行方は杳(よう)として知れない。

幸せだったネリフィオン家が傾き始めたのはその後だった。

(以下、本編につづく)

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